サイドFIRE6年で変わった価値観——会社員時代の「当たり前」が崩れた5つのこと

サイドFIREして6年が経ちました。

資産や配当の推移については別の記事で書いています。この記事では数字の話はしません。

書きたいのは、自分の中で何が変わったかです。

会社員時代、「これが大事だ」と信じて疑わなかったことがいくつかありました。年収、キャリア、社会的な立場、お金の量、準備の完璧さ。どれも間違いだとは思っていません。ただ、6年間この生活を続けてみて、「大事の順番」がかなり入れ替わった感覚があります。

それを5つ、書き残しておきます。

サイドFIRE6年で変わった5つの価値観
目次

1. 年収よりも「時間のコントロール」だった

会社員時代、転職サイトを眺めるとき、最初に見るのは年収欄でした。年収350万の自分が年収400万になれば生活が楽になる。450万なら投資に回せる額が増える。年収は「自分の価値を表す数字」のようなもので、上がらないことに焦りがありました。

サイドFIREして最初に気づいたのは、年収が下がっても生活の質は下がらなかった、ということです。

フリーランスの週3稼働で月15万。会社員時代の手取り22万より少ない。でも、月曜と金曜が自分の時間になった。体調が悪い日は仕事を休める。天気がいい平日に散歩できる。こうした「時間を自分で決められること」が、年収の差額を軽く超える満足感をもたらしました。

もっと正確に言うと、年収が大事じゃなくなったのではなく、「年収を上げる」と「時間のコントロールを取り戻す」が同じ棚に並んだとき、後者のほうが圧倒的に重かったことに気づいた、という感覚です。

これは会社員時代には想像できませんでした。「年収か、時間か」という問い自体が存在しなかったからです。毎朝決まった時間に出社して、決まった時間まで働く。それは「選んでいる」のではなく「そういうものだ」と思っていました。

選択肢が1つしかないとき、人はそれを「大事なこと」と区別できません。時間のコントロールが大事だと気づけたのは、それを手に入れたあとでした。

2. 肩書きは、思っていたより軽かった

「お仕事は?」と聞かれるのが、最初の1年は本当に苦手でした。

会社員時代なら「○○(会社名)で○○をやっています」と答えればよかった。相手は「へぇ」と言って、会話が次に進む。肩書きは名刺代わりで、自分が何者であるかを30秒で伝えてくれる便利な道具でした。

退職後、それがなくなりました。「フリーランスです」と言うと「何の?」と聞かれる。「マーケティングの支援を少しと、あとはブログを……」と答えると、微妙な間が生まれる。相手のリアクションを見て、自分でも「なんだか頼りないな」と思いました。

この居心地の悪さは、2年目くらいまで続きました。

でも3年目あたりから、ふと気づきました。気にしているのは自分だけだ、と。

相手は「お仕事は?」と聞いた5分後には、別の話をしています。自分の肩書きを覚えている人はほとんどいません。そもそも40代になると、初対面の場自体が減ります。

会社員時代、肩書きに安心していたのは「相手にどう見られるか」が怖かったからです。その恐怖は、退職してしばらく経つと薄れていきました。理由は単純で、肩書きがなくても日常生活は何も困らなかったからです。スーパーのレジで前職を聞かれることはありません。

今は「フリーランスです」の一言で終わらせています。相手が興味を持てば聞いてくるし、持たなければ次の話題に移る。それでいい、と思えるようになりました。

会社員時代とサイドFIRE後の価値観比較

3. 人間関係は「勝手にできる」ものではなかった

これは、予想外でした。

会社員時代、人間関係で困ったことはあまりありませんでした。毎日同じオフィスに行けば同僚がいる。昼食に誘われる。愚痴を言い合う。飲み会に呼ばれる。望んでいなくても人と話す場面は勝手に発生します。

だから「人間関係は自然にできるもの」だと無意識に思っていました。

サイドFIREして半年ほど経ったとき、妻に「最近、友達と会ってる?」と聞かれて、答えに詰まりました。会っていない。連絡もしていない。会社員時代の同僚とは、退職した月に「また飲みましょう」と言ったきりです。

フリーランスの仕事はオンライン中心で、対面で人に会う機会は月に数回。それも業務の話だけで終わります。

1年目は気にならなかった。2年目あたりから、「今日、誰とも話していないな」と気づく日が増えました。暇なのではありません。ブログを書いて、投資の勉強をして、散歩をして、時間は埋まっている。でも、「時間が埋まっていること」と「孤立していないこと」は別物でした。

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今は意識的に外に出るようにしています。近所のカフェに通って顔見知りを作る。月1回は以前の同僚と食事する。ブログのコメント欄で読者とやりとりする。どれも大したことではないのですが、「自分から動かないと人との接点は生まれない」と自覚してからは、意識して行動するようになりました。

会社は、仕事をする場所であると同時に、社会参加を自動化してくれる装置でもあった。それを失ったとき、社会参加を自分の意思で設計し直す必要があるとは思っていませんでした。

4. お金は「多いほどいい」ではなく「足りるライン」があった

会社員時代、資産額のゴールは「多いほどいい」でした。

3,000万を超えても「あと500万あれば安心」と思い、3,500万に近づくと「4,000万あったらもっと安心」と思う。金融庁の報告書で「老後2,000万円問題」が話題になると、「2,000万で足りるのか?」と不安が加速しました。

資産が増えても不安が減らない。これは退職前から薄々感じていたことですが、サイドFIREしてからはっきり理解しました。

不安が消えたのは、「足りるライン」が見えた瞬間です。

月の生活費は約15万円。配当で月16万が入ってくる。フリーランスの収入は月15万。合計の収入が支出を上回っていて、元本には手をつけていない。この構造がある限り、資産が5,000万だろうが3,000万だろうが、日常の生活は変わらない。

もちろん、暴落が来れば資産の評価額は減ります。リーマンショック級の下落が来たらどうするか。それは考えます。でも「足りるライン」を把握していると、資産額の上下に振り回されなくなります。「今月の配当はいくら入ったか」「生活費を賄えているか」——見るべき数字がシンプルになったからです。

会社員時代は「資産額」という1つの数字しか見ていませんでした。サイドFIREしてからは「月の収支」を見るようになった。視点が変わっただけで、お金への不安の質がまったく変わりました。

3,000万で辞めて、6年後の今は5,000万になっています。でも2,000万増えたことより、「月15万で暮らせる」と確信できたことのほうが、精神的な影響は大きかったです。

お金に関する不安の正体は「足りないかもしれない」であって、「いくらあるか」ではなかった。これは6年暮らしてみないとわからなかったことでした。

5. 完璧な準備より「小さく始める」のほうが正しかった

サイドFIREを決断するまでに、退職のシミュレーションは何十回もやりました。

配当収入のパターンを3つ作り、フリーランス収入のパターンを3つ作り、3×3=9通りのシナリオで30年分のキャッシュフローを計算しました。暴落シナリオも入れて、「最悪でも10年は持つ」と確認してから辞めました。

この準備は、意味がなかったわけではありません。「辞めても大丈夫」という感覚の土台にはなりました。

でも、実際にサイドFIRE生活を始めてみると、シミュレーション通りにいったことは一つもありませんでした

フリーランス収入は、想定の「最低シナリオ」すら下回った(最初の半年は月3〜5万)。一方で配当は増配によって想定を上回った。iDeCoの掛金上限変更は知っていたのに2年間放置して、数十万円単位の節税機会を逃しました。

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準備に時間をかけること自体が悪いとは思いません。ただ、完璧なシミュレーションで不安をゼロにしてから動こうとすると、いつまでも動けない。不安はゼロにならないからです。

振り返ると、うまくいったことには共通点があります。フリーランスの仕事は、退職前から副業として月数万円で始めていた。高配当株の選び方は、利回りランキングで失敗してから自分なりの基準を作った。どちらも「小さく始めて、失敗して、修正した」ものです。

逆に、失敗したこと(iDeCoの放置、小規模企業共済の見落とし)は、「いつか完璧に整理してからやろう」と思って後回しにしたものです。

9通りのシミュレーションを作る時間で、iDeCoの書類を1枚出していれば数万円は浮いていました。完璧な準備は、行動の代替にはならない。これが6年で得た最も痛い学びです。

変わらなかったこと

5つの変化を書きましたが、逆に「変わらなかった」こともあります。

それは、毎月の配当が入金される日の安心感です。

会社員時代に株を買い始めた頃も、辞めたあとも、配当が入る日は同じように嬉しい。金額が増えた今は、「嬉しい」の質が変わったかもしれません。昔は「増えた」が嬉しかった。今は「今月も入った」が嬉しい。成長の嬉しさから、安定の嬉しさに変わった感覚です。

配当は、会社員時代に12年かけて積み上げたものです。その12年がなければ今の生活はありません。だから「あの時間は無駄だった」とは一度も思ったことがない。年収350万の会社員生活も、利回りランキングで失敗したことも、全部今につながっています。

おわりに

6年前の自分にこの記事を見せたら、たぶん半分は信じないと思います。

「肩書きがなくても平気」——いやいや、気になるだろう。「お金は足りればいい」——いやいや、多いほうがいいに決まっている。「完璧な準備より小さく始めろ」——準備なしに辞められるわけがない。

そう反論する6年前の自分を、間違っているとは思いません。あの時はあの価値観が正しかった。環境が変われば、大事なものの順番が変わる。それだけのことです。

ただ、一つだけ。

もし今、「辞めたいけど不安」「このまま会社にいるべきか」と考えている方がいたら、今の価値観が5年後も同じとは限らない、ということだけ伝えたいです。

あなたが今「大事だ」と思っていることの中に、実はそんなに大事じゃないものが混ざっているかもしれない。逆に、今は見えていない「大事なこと」が、辞めたあとに見えてくるかもしれない。

それは、動いてみないとわかりません。

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